日本の不同意性交の問題は恋愛できないことや冤罪だけだろうか?そうは思わない。

2026年11月1日 author:masa

アンチフェミの一部の間では恋愛ができなくなるとかそういう理由がつぶやかれるかもしれないし性的同意があいまいだとか言う話とか出てくるかもしれないしかし、俺が思うには真の理由は少し違うものである。
別に恋愛できないとかそういうのは俺にとっては些細な問題ではある。

しかし、自由恋愛での性的同意があいまいであるというのは問題だしどこまでが同意とわからないにはうなずけるとこはある。

しかし、問題というのは冤罪をどうやって撲滅していくかと同時に男性も不同意性交の被害者になるという事実が二重苦で降りかかってることだ。

・【シリーズ男性差別】日本で頻発してる相互的な不同意性交 その1

・【シリーズ男性差別】日本で頻発してる相互的な不同意性交 その2

ここで問題としたいのは愛されたいと思う男性と愛することのできない女性がカップリングしたときに起こる性的ネグレクトの物語だ。

詳細に関しては上記2本の記事でも書いたがまだ捕捉したいこともある。

セックスにおいて同意と不同意はセックスがある時だけ語られることがある。

しかし、レスに賛同してない人たちというのは傷ついてないのだろうかというのが俺の中では浮かんでくる。
同意のないセックスがダメであるというのはその通りだが同時に親密さを遮断されることに同意してない人の気持ちはどうなるんだろうか?これも立派な性被害なんじゃないかと俺は思う。グルーミングというのはセックスがなければできないという風に思われてるがこれは全く持っての嘘だ。


グルーミングの本質は「相手の性的・情緒的なニーズを利用して、依存関係を作り、コントロールすること」にある。

セックスがあるかどうかは、手段の一つに過ぎない。 親密さを意図的に遮断しながら、「あなたがいないと生きていけない」という依存を植え付ける。 これこそが、セックスレスでも成立する現代的なグルーミングだ。 相手は「愛されている」と錯覚しながら、実際には情緒的に飢えさせられ続ける。その結果男性は自分の欲望にすら向き合えなくなり永遠に苦しむ人だっているだろうさ。

友達を失い趣味を失って依存するのがどんどん加速するこの先に抜け出す方法はあるのかわからない中葛藤しながら生きていく。

ちなみにそれをやらないで彼女作りながら生きていく方法を実践すると危険な可能性すらあるというのが現状だ。
例えばセックスをしたいときは相手の同意を破ってしまう行為と隣り合わせである可能性は日本だと低くないことだ。
まず日本はセックスをしたい女よりも金を優先する女のほうがはるかに多い。そして恋愛というのはあくまでもグルーミングの手段として使われることのほうが多いということだ。「あなたがいないと困る」という言説で相手の自己効力感を削り、同時に性的・情緒的な充足を遮断する。これが当然として行われている。
つまりグルーミングを破るというのは加害性を持たなければできないという部分もある。

つまり、あまりにも相手を削らずに恋愛を楽しむというのは難しい行為なのだ。

俺は女を殴れない性格だ。

だからこそ日本で女と恋愛するのに向いてない。だから筋を通して日本ではホモセックスを楽しむことを徹底する方向へ舵を切ったのだ。
女とセックスするのは前も言った通り旅行した時だけだ。

ところで話を少し変えるが俺は不同意性交の罪を海外みたいに分類に分けるべきだと思ってるし刑務所の待遇の改善を求める立場だ。スウェーデンとかドイツなどの国というのは不同意性交も犯罪要件には確かに入れてる。しかし、日本との大きな違いがある。減刑できるような法があるかないかだ。
日本の不同意性交等罪は法定刑が「5年以上」と下限が高く、執行猶予を付けるには酌量減軽を経なければならない。暴力の有無や意図の程度を、刑罰の段階で明確に分けにくい構造になっている。
一方、スウェーデンは故意のレイプと過失レイプを分け、ドイツは条文自体に「より軽い事例」の減軽規定を置いている。同意の欠如を広く罰しつつも、悪質性のグラデーションを刑罰に反映させる仕組みを残しているのだ。ここが、単なる「厳罰化」とは違う、重要な分岐点だと思う。

特に日本の場合、セックスにおいて「自分から明確に同意する」文化が弱い。その状態で、過失レイプや情状酌量を認める条文が十分に機能しないまま厳罰化だけが進むと、男性は誰でも「(牢屋に)入れられてしまう」可能性が現実のものになる。

実際性的快楽を楽しんだ人の考えるレイプとそうでない人の考えるレイプというのは同じものじゃない。これは確かに物議をかもす発言かもしれない。だが、よく考えてほしい俺らはレイプとセックスの違いを理解してる。だが、性的快楽を感じない人や貞節規範を内包してる人にとってレイプとセックスというものは差異は存在するものの俺たちとは大きく違うものになる。

一般的な見解では、通常のレイプとは、暴力や脅迫を伴うもの、相手の身体を侵害するもの、悪意があるもの、泥酔させるもの、不意打ちなどの要件が揃ったものを指す。何でもかんでも「レイプ」とされるような状況は、本来あってはならない。しかし、セックスの定義から「快楽を享受する」「お互いの親密さを深める」という前提を捨てた場合はどうなるだろうか。

その場合、性行為は「子供を作る行為」として位置づけられることになる。そうなると、それ以外の性的関係は、最初からレイプ扱いになる。あの時同意したかどうかなど、関係なくなる。
ここを無視したまま一律に厳罰化を進めれば、文化や感覚の違いが、そのまま冤罪や過剰処罰のリスクに直結する。

だがこれを終わらせるためには男性が伝統的な夫婦間を取り戻すことをあきらめなければならない。

伝統的な夫婦間ではこの冤罪を助長してしまう可能性があるからだ。

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