性欲がない異性愛日本女

男から性欲なくなったらというストーリーがあるが女から性欲がなくなったらのストーリーは日本中で実現してるし普通に見られるのにそれは矮小化されてるというのが現実だ。
なぜ日本人男性が愛されないのかというのを疑問に持たずに生きてるのはアンチフェミにも多いがこれを俺は今回完璧に言語化していきたいと思っている。
まず最初から言うとこれはイケメンでも当たり前のように続行してるがこれは誰かが悪いことをしてるからとかそういうものじゃないので落ち込む必要はない。しかし、なぜ愛されないのかを説明すると女性にも生理的反応やホルモン自体は出てるが脳は受容しにくいという傾向が日本では起きる。つまり気持ちいいと感じない、なので体のその反応を脳がトレースせずに性欲がないというような状態が起こる。元から言うとこの性的な欲求がない場合愛情も恋愛感情も出ないという風になる。
実際は好きだけどセックスしたくないというのは意外にも嘘で最初から好きじゃないというのをいいたくないだけだったりする。恋愛感情というのを演技するのを手助けしてるのは案外恋愛漫画やドラマだったりする。「好きだけどセックスしたくない」は感情の説明ではなく演技の台本でしかないがこのままトレースしたら流石に金目的だとか実利の搾取だとバレる。恋愛漫画やドラマは、「好き=一貫した感情」「恋愛感情は努力や時間で育つ」「身体を求めなくても愛は本物」という理想化されたテンプレを大量生産してきた。
その結果、
- 実際には惹かれていない
- でも
- こういう展開も“恋愛っぽい”
- こういう感情も“愛の形”
と自分を納得させるための演技が可能になる。
なので金目的で搾取対象の男性にもロマンチックな演出をできるように自分を教育してしまった。実際はイケメンに抱かれるストーリーとしての物ではない。実際は演出で塗り固めることは簡単だ。
海外にも恋愛ドラマはあるがしっかりエロイシーンもあるしきれいごとはない。この大きな差は小さいように見えてかなり重要なものだ。
海外の恋愛ドラマって、
- 好き
- 欲しい
- 触れたい
- 抱きたい
が、最初から同じ地平にある。
だから
- 愛情だけ演じる
- 欲望を切り離す
- 身体を無視して関係を正当化する
というのはない。
一方で日本の恋愛コンテンツは、
- 好き=精神的
- 性欲=別枠/問題/省略
- 身体的欲望は「なくてもいいもの」
として描いてきた。
結果どうなったか。
👉 欲望を含まない恋愛の演技が可能になる
- 好きと言える
- ロマンチックな言葉も言える
- でも身体は要らない
これを詐欺と言わずしてなんというのだろうか。
(masa)
