日本で性加害批判するのは本当に賢いのか?

俺はこれをいうと嫌な方もかなり多いと思うがノーと答えよう。まず第一に日本では性加害よりも深刻な問題が無限にある。もちろん筆者はレイプ被害から人を救ったことはあるしイギリスの路上でレイプ犯罪者と格闘したことがある。
しかし、そのバックボーンがある俺はあえてこれをいわなければいけない。日本でそれを最優先するのは何かをよくするとは思えない。そのもっと深刻な問題には機能不全の家庭の圧倒的な多さと家族の愛情がないこと男性がatmにされることだ。
もちろん、これで犠牲を受けるのは旦那だけの問題じゃない子供である。夫婦の愛情形成の欠如は子供をも蝕みトロフィーに成り下がり幸せよりもステータスを追うことを強制される世界に引き連られる。欧米の機能不全家族はアルコール・DV・薬物が目立つけど、日本は「静かで、社会的に立派に見える」機能不全が多いためこれがまた実態をひた隠しにする。
これだけならじゃあ、どっちも問題じゃんって思う人は多いだろう。しかし、日本でのセックスの多くは下での記事で書いたように
- 義務
- 子作り
- 関係維持
- 規範
によって行われるセックスが多い。これがあるとこのようなことが起こる。
妻が「性行為自体は望んでいないが、
出産という目的のために応じる」という行動の名目をどう位置付けるかというかというとこれはレイプではない。
しかし、欲望の相互性という点ではセックスとも言い切れない領域に位置する。
実際にこれを見ると論理的にはレイプは何だろうっていう風な哲学にもなりえる。この状況では理論上どっちをしても同じじゃんと思う人もいるしセックスをしないのが解決法ということような結論を出す人もいるし、どっちでも同じなら好き放題やろうという結論の人もいる。
これは文化批判で、犯罪擁護じゃないから勘違いしないでほしいがもしそれならレイプしても同じだと考える人がいても別に俺は驚かない。怒らないで聞いてほしいがじゃあ、どうやって日本でどうやって童貞を捨てるのか?と質問すればどうなると思う?実際に喜んで和姦してくれるのを待つのか?
それはノーだろう。風俗行くか襲うかブラジルとかなどの海外行くか?それとも性行為諦めるかの四つの選択肢になる。ブラジル人女性は情熱的で積極的である傾向があるため自然にセックスをしやすい環境にあるが日本はどうだろう?
むしろ俺は欧米、南米などでレイプをする人のほうが悪質にも見えてしまう。最初から言うが性犯罪は必ずしも性欲がトリガーで起こるものではない説を信じてるがそれでも日本の文化ではそれをするのが近道になるというのは論理的には事実じゃないと否定できるだろうか?強姦すれば確実に童貞を捨てられるっていうのは俺もあまり自分で口にするのには恐ろしいが間違いだといえない日本の社会はどうなんだろうと思ったりする。
これは食べ物が食えないので泥棒するのが一番近い世界線の社会とほぼ同じものがある。欲求というのは満たされないと加害を生み出すが食欲動機で必ずしもものを盗むわけではない。これが一番大きなポイントだ。社会への復讐や生存戦略が重なったうえでこれを選んでるだけで最初は人にこうしたいと頼んで頑張る。しかし復讐するまで心の傷をえぐられると永遠に満たされない支配欲求を生み出す。
もちろん、誤解しないでほしいが童貞が童貞なのは行動をしないのが多いケースがあるので童貞がそれをする可能性が高いという意味では全くない。
ではどういう人間がこれにコミットするかというと過去に異性経験でトラウマを感じるものである。経験豊富な男性のほうも結構そういう犯罪に走るケースがある。
実際に日本では経験豊富なほどインセル的な思考回路に陥りやすくなる罠があって欧米と逆の相関がある。これは日本においては女性経験するのがマイナスになってるということではないのかと思う。
本稿は統計分析ではない。
だが、日本とイギリスで性犯罪更生・支援に関わる複数の関係者から直接聞いた話をもとにした、実務レベルでの観察に基づく仮説である。イギリスでは加害者の多くは性的経験が少ない/偏ったもの(未経験や児童対象中心)のケースが目立つ傾向があるが日本では自分が愛されると思い込んできたものが嘘だったという怒りがこれを駆り立てる。
そうなので日本のほうがある意味では可哀想な経験をしてる可能性があるがそれを免責のために使う意図はないので勘違いをしないでほしいです。日本では、性犯罪が「欲望の暴走」よりも、関係性の崩壊と怒りの処理失敗から生まれている可能性があるということを言ってるのです。

