「母親は長時間の無償労働に苦しんでいる」という単線的な語りはおかしい ー日本は子供への人権後進国であるー

実際マスキュリズムで最もためになければいけない課題というのは日本がどれだけ子供の人権を大人のために犠牲になってるかということを見ずして男性差別を語ることはできないのである。
ではどうやってそのような人間に育てていくかのメカニズムというのは明確にある。まず子供のころ日本人は自由を抑圧され感情を押さえつけられ去勢されて育つ人が多いが一つは、家庭における子育てのあり方そのものが根本的に歪んでいるという点。
もう一つは、学校における長時間拘束や過剰な管理といった、早急に是正されるべき制度的問題である。
日本では公式の授業時間は国際比較でそれほど長くないが、授業以外の活動(部活・宿題・塾)が合わせて「実質的な拘束・学習時間」を長くしているという分析がある。
これにより自由時間や感情発達の時間が圧迫されているという指摘もある。
OECDなど複数国の調査で、日本は子どもの「身体面」は良いが「心の健康」では低いランキングにあるという結果がある。では何が違うのかスウェーデンやアイスランドみたいな国と比較していこう。
北欧諸国では子どもを中心にした生活が国家レベルで支えられているかという育成メカニズムが根本的な違い として提示できる。まず離婚率が高い国と低い国があるがどっちにも共通することは家族との時間を長く確保できるため育児を日本より長くやってる可能性があるのである。日本で用いられる母親の無償労働の指標は、基本的に自己申告制であり、時間の質や主体性、制度的支援の有無を十分に反映していないからだ。アイスランドやスウェーデンの統計では「子供が家族と過ごす時間」が比較的長い傾向があることが指摘されているとなる。
実際に俺も弟の面倒を見たことあるからわかるが実際に長時間の無償労働するのは3歳まででそれ以降は学校に流されるからそこは空白の時間になる。それをなぜか、データに出していないというのが実態としてある。論理的におかしいのは母親は3歳以降も長時間無償労働をしているという主張と子どもは3歳以降、学校で長時間拘束されているという現実が同時に成立しているかのように語られていることである。実際に被害者なのは母親であるという嘘がここで暴かれる三歳以降ほんとに苦しんでるのは父親と子供だ。実際、3歳以降の子どもは保育園や学校といった制度に長時間回収され、家庭内で発生する直接的な無償労働は大幅に減少する。
にもかかわらず、「母親は引き続き長時間の無償労働に苦しんでいる」という前提だけが温存されてきた。
この時期に実際に強い制約を受けているのは、父親と子どもである。
父親は依然として長時間労働から抜け出せず、子どもと過ごす時間を制度的に奪われている。
一方、子どもは家庭から切り離され、学校という管理と拘束の空間で長時間を過ごすことを強いられている。
つまり、3歳以降の育成構造において最も不可視化されている被害者は、父親と子どもであり、「母親だけが被害者である」という単線的な語りは、現実の時間配分と合致していない。
(masa)

