上野千鶴子は思想的にエリート・フェミニズムではない


https://note.com/k_g40xwikj/n/n4351a9401735
男女論界隈で知られているウィックジェイ氏は上野千鶴子を「エリート・フェミニズム」と規定している。
MeeTooぐらいからの「ツイフェミ」を「草の根フェミニズム」と呼称して、「草の根フェミニズム」との闘いを呼びかけている。
その闘いには賛成なんですけど、上野千鶴子は社会的ステータスはたしかにエリートだが、思想の構えは「草の根フェミニズム」(ラディカルフェミニズム)だと思う。
上記記事でウィクジェイ氏は上野千鶴子の2019年東大入学式の上野千鶴子のスピーチを引用して「敗北宣言」と言っている。

わたしはそんなことはないと思う。
上野千鶴子は「家父長制と資本制」(1990年)の頃からずっと「草の根フェミニズム」…ラディカルフェミストだと思う。
上野千鶴子はマルクス主義フェミニストを自称しているが、そもそも「家父長制」概念はラディカル・フェミニストの概念だった。
ただ、上野氏は「家父長制の物質的基盤」の「解明」を追求しているのでマルクス主義フェミニストと言っているのである。だからたんなるラディカルフェミニストでないことは確かである。
ラディカルフェミニストは「家父長制」を心理的・文化的なものとみなしたからである。
では、「家父長制の物質的基盤」とはなにか?
「家事労働が無償労働であること」である。
資本制下で「賃労働」は「有償労働」ではあるがマルクスからすれば、「資本蓄積」が成就する「資本」もあるのだから資本家は労働者から「剰余価値」を搾取していることになる。
だから、賃労働も有償労働+無償労働といえるのであるがそういうことが言いたいわけじゃない。
上野千鶴子はハートマンを引用して言う。
家父長制の物質的基盤とは、男性による女性の労働力の支配のことである。
この支配は、女性が経済的に必要な生産資源に近づくのを排除することによって、また女性の性的機能を統制することによって維持される
ハイジ・ハートマン「マルクス主義とフェミニズムの不幸な結婚」(原著1981 、翻訳1987)
しかし、欧米はいざしらず、日本には「お小遣い制」がある。
年収1000万の賃労働をする男性が月3万円の「お小遣い」でやりくりするのは当たり前の光景であった。
正確には、日本、フィリピン、韓国が「お小遣い制」の世界1位から3位を占めている。

https://president.jp/articles/-/47414?page=1
日本は妻管理の家庭が55.5%と異常に多い。
なおISSP 2022 調査結果では約48.3%と下落傾向にあり、若い世代では共同管理が増えてはいるがまだまだ国際的にみると妻管理が多い。
妻が財布の紐をにぎっているのになぜ「男性による女性の労働力の支配」(家父長制の一部)が成立すると思うのか不可解である。
むしろ日本女性(東アジア女性)が「経済的に必要な生産資源に近づくのを避けている」といったほうが正確だろう。
日本と韓国では「女性が男性の労働力」を支配しているのではないだろうか?
専業主婦世帯(「男性雇用者と無業の妻からなる世帯」)は緩やかに少なくなっているが「雇用者の共働き世帯」(妻がフルタイム(週35時間以上就業)は1985年から一貫して横ばいである。
増えているのは「雇用者の共働き世帯」だが妻がパート(週35時間未満就業)の世帯である。

https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/zuhyo/zuhyo00-08.html
上野千鶴子の…マルクス主義フェミニズムが解明した「無業の妻」は無業ではなく「家父長制」によって家内制生産労働を搾取されている観点をとっても、たんなる「搾取」とは言い難い。
なぜなら妻が家計を管理する権力を行使しているからである。
更には、日本と韓国は男性が異常に長時間労働を担っている。
有償労働といっているのは「賃労働」のことである。
無償労働と言っているのはマルクス主義フェミニズムが「解明」した「家父長制」によって「男性による女性の労働力の支配」のことである。

https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-c01-01.html
ここでマスキュリズムの視点をいれると逆転が起こる。
そもそも日本男性も「男性による女性の労働力の支配」なんかしたくないというのがわたしの考えだ。
長時間労働は健康を害すし、また過労死・労災死を誘発してしまう。
「まともな男性」にとっていいことはない。
(しかし、まともではない男性にとっては…なんかいいことでもあるんだろうw)
したがって、上野千鶴子氏の言う「家父長制」なるものは「男が得をしているはずだ」という思い込みがかなりある。
奴隷労働を日本女性によって「強制」されているのは日本男性のほうなのである。
マルクス主義フェミニズムのいうラディカルフェミニズムから引き継いだ「家父長制」概念のもうひとつの側面「女性の性的機能を統制すること」は別の文章で展開したい。
さて、上野千鶴子氏の2019年の東京大学のスピーチにもどるがフェミニズムは「弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想」だと言っている。
おかしな話である。
「弱者」が夫の稼いだ金を管理することなどできはしない。
欧米ではそんな習慣がありえなかったからフェミニズムが懸命に男性支配を打破しようとしてきたのであって、日本、韓国…東アジアといってしまっていいかはまだわからないが…では当たらないのではないだろうか。
むしろ、「弱者」を装い「強者」を支配する「弱者のルサンチマン」思想を持っているのが日本女性と言えるのである。
なので上野氏のフェミニズムと称する思想は「女性が弱者のふりを装い男性を支配する衝動の思想」なのであろう。
上野氏自身は「エリート女性」であろうが、その思想はウィクジェイ氏がいうエリート・フェミニスムではなく「弱者のルサンチマン思想」である。
そんな思想は日本男性はもう許容できなくなっているのである。

