不同意性交と叫ぶ前に知ってほしい2つのこと 

PART1 日本に必要なのはセックスの自由化と恋愛の非売春化

俺は今回法律がどうかとかそういうことについての観点では語らないが二毛作がどうして起きてきたのかということと日本での女性とセックスすることは一部のセックス大好きな女性を除くとレイプとどうやっても境界線が消えるという皮肉があることを語るのは大事と思ってる。


では最初の項目は二毛作というのはただの同意をひっくり返すという認識ではそれを防ぐことができないということを留意しないといけない。

実際に同意をひっくり返すといわれてるのにはセックスか嫌か金狙いかどうかという争点は実際は何も大事じゃない。

実際に彼女らとしてはセックスを妊娠のためだけにするだとか男は一途であるべきとかそういう考えを阻害されたという怒りが根源であって相手がセックスでよかったかどうかというのはのは何も争点にはならないという重要な点を逃してるのは反フェミニズムでも顕著だ。


ではこれに抵抗する方法はないのかというと男性が女性への貞操観念求めるのを捨てることが一つと女性が処女厨になるのをやめることこの二つの融合が大事になる。ヘテロ男性の多くはヘテロ女性の規範を内面化しやすいしそれが洗脳されて内面化されるパターンが多くそれが女性に都合のいい形の家父長制的価値観を広げたりする。これはあくまでも日本独自の文脈だ。


もちろん家父長制は権力のある男性が得すると考えるのがグローバルでは普通だが日本ではそれは通用しない。

多くの国で起こってる家父長制というのは女性が男性に経済的に管理されオナホであるというのが起こってる。

しかし、日本や韓国の場合はセックスを遮断し、男性は女性に性欲抜きで財布を渡さなきゃいけなく大学生以上の極貧の生活を強いられるというのがあるので同じ名義でも違うものだ。


それではこれがあるのにどうして売春が多いのかというのがあるがでは売春というのが多い地域というのは友人同士のセックスが行われてる国々なのだろうか?これがノーであるというのは一部の地域除くと明確だ。例えば日本韓国などでは盛んだが日常の夜の営みはほとんどない。つまり恋愛が売春と境界線のない国ほど結婚を売春と同一に例えることが可能な国ほど売春が盛んになるというのが正しい。


例えば欧米でも売春盛んかというとそんなことはない。もちろんスペインとかドイツは例外だ。もともと性産業が盛んなのでそれはまた別の話になる。

しかし、普通に考えて欧米では日常のセックスがそれをカバーできるのでそこまでの需要が出ないので規制したとこで問題は日本ほどは出ない。文化的にセックスを「楽しみ」として自由に扱う欧米と、責任や純潔に縛られる日本・韓国では売春の役割が同じものじゃない。前者での売春は確かに問題のある光景もあるかもしれないが後者は金がかかりすぎる上にパートナーとセックスできない男が多いことへの救済措置として見ることができる。


その意味ではふぉいの風俗行けのアドバイスはある意味正しい。人身売買とかきれいごとを言っててもそのパートナーや結婚相手とのセックスをする権利がないという状況下で風俗を規制するとなれば今までにない。日本の性風俗関連市場規模は5〜7兆円前後で推移してる状況であれば日本での性的な欲求そのものは風俗が彼女や妻の肩代わりをしてる異常な状況下だ。


となると実際に必要なのはセックスの自由化と恋愛の非売春化これは絶対的な必須項目になる。女のために貢ぎそれで何万円もの損失額を出すという現実というのがあるうちというのは本番なしの売春と同義に付けることができる。9か月性行為しないのにお金は風俗いっぱい行けるくらいには出しているこのケースは多い。むしろ、セックスできてるほうの男はここまで金を出してないというのが現実だ。

PART2.日本では「制度」にセックス(欲望)が乗っ取られている

二つ目に大事になるのはレイプとセックスの境界線が日本にはないというものがある。

普通相手がセックスしたいからお互いにしようが成り立つものだが日本はそうなのかというと俺は懐疑的に見てる。もちろんそのようなカップルがいませんというようなことをいう気はないしかし、スウェーデン、オランダなどのいろんな他国に比べるとオーガズム達成率が高い相手に求める男性の質というものの差があることを見るという現実が降りかかると浮かび上がることがある。
相手に求める男性明らかにレイプとは言えないが、不同意セックスと同意セックスの境界線が崩れると先ほど言ったのにはある程度根拠はある。日本では

  • 義務
  • 子作り
  • 関係維持
  • 規範

によって行われるセックスが多い。

これがあるとこのようなことが起こる。

妻が「性行為自体は望んでいないが、出産という目的のために応じる」という行動の名目をどう位置付けるかというかというとこれはレイプではない。

しかし、欲望の相互性という点ではセックスとも言い切れない領域に位置する。

そう相手はしたいという願望はあるが快楽とかコミュニケーションではなく離婚を先延ばしにするツールとかそういうのであって子供出来れば当然お小遣い性で極貧生活に戻るしセックスは遮断されるわけです。

ここで被害者なのは女性かというとこれもグレーで実際は女性側がわざと遮断してるため女性側が条件付きでdvの加害者かもしれない可能性もある。日本では、性行為が欲望ではなく制度の潤滑油として使われやすく、その結果、同意/不同意・被害/加害が時間差と役割によって入れ替わる構造があるというのが実際に問題をややこしくしている。


そもそもレイプというものの意味を論じる以前にあからさまにその境界線が壊れてしまってる瞬間がある。なぜならいやであるなら意味としては同じになってしまうという恐ろしいものが浮かび上がる。もちろん、これは明らかにレイプじゃない。しかし、これは永遠のグラデーションみたいなものになる。

確かに路上レイプとそれはどっちが酷いものかというのと路上レイプになる。この構造を無視したまま不同意概念を拡張すると、明確な暴力的レイプと非暴力的な制度的性行為が同一カテゴリに回収され、結果としてレイプという言葉自体の重みが相対的に軽くなってしまうという逆説が生じる。
男側が取れる現実的な対抗策は何なのかというとできるだけ初期からセックスをしたいと思う女性と付き合うとかそういうものがある。

欲望がない/抑圧されたまま関係が進むと起きやすい
だから男側の現実的対策は
👉 欲望の相互性が初期から確認できる関係を選ぶこと
となる。
性行為が双方の欲望として肯定されているかを確認できる関係を選ぶということだ。これが一番決定的に必要な関係性だ。

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