日本帰ったら女への性被害への同情が半減した

これは間違いないで欲しいが被害を助長するような内容ではないし別にそれをいいことだと積極的に言うものではない。しかし、俺は性被害者を助けてきた行動を実際にしたものが書くという意味でもこの記事は意味があると感じた。
実際に俺はイギリス住んでた時とかスウェーデン住んでた時に実際に路上レイプや女性への暴力は見てきたしそれを助長するようなことは一切許したことがないしそれはもちろん今までもこれからも続行していくスタンスだ。
例えば海外ではレイプアカデミーというサイトがあって大人数の人がこのサイトに訪問し加害の仕方を学ぶという蛮行に出たのは話題になったしこれに関しては重く受け止めている。もちろん、俺も男性解放論者からの目線でこれは抑止していきたいと思う
しかし、同時にやってくるのは日本では性加害批判は第一優先であるべきじゃないという現実だ。これはvictim blamingとは別次元の話だ。日本では性加害にはすぐにキレて敏感に反応するのに対しお小遣い性と詐称したdvにはかなり許容的であるというのを普通に感じたところがある。
これを発するのは性被害で被害者アピールする女たちからである。俺はこれを見て確信したじゃあ、お前らの被害も同情しなくていいというのをね。
一番大事な前提は被害者と加害者という二元論はどこにも意味がないという事実だ。被害者が被害者のまま生きるのではなくて別の部分では権力を振りかざし加害者に転化するというのが実際あることだというのは深く刻みつけるようなものであった。
例えばお小遣い性にされた男性自体は被害者だがそのストレスは決して妻を殴る方向にはいかず同僚にパワハラするケースは目立つ。これと同じようなシステムで虐待された痛みは教訓ではなくて復讐に行くケースもあるということは考えられる。もちろんそれを選ばない人もいるが。
俺は日本の子供の多くは母親からプレッシャーとかで抑圧されてきたという説を信じている。
そのプレッシャーは成功体験を抑圧してそれは子供が自己肯定感を削がれこの連鎖は今日まで終わらなかったんだというのを目の当たりにした。この落っこちる自己肯定感は社会人になっても後遺症を残すこれが加害の連鎖を引き起こす。
(masa)
