【シリーズ男性差別】日本で頻発してる相互的な不同意性交 その1

日本人は相手に同意のないセックスというのは男性だけがやってるイメージがあるかもしれないしそれはただし快楽的なセックスだけで当てはまる話である。
実際セックスは性的興奮を伴わないセックス、快楽や親密さがないセックスというのが存在しそれを強要してる人間も一定数いることは可視化されてない。実際、二つともセックスという名前はついてるものの別物である。
快楽的なセックスというのは二つの条件のどっちかがないと成立しないものであるというのが一つ目にある。性的に惹かれてるもしくは親密な感情を保有しており体を許せるという安心した状態がある時である。
しかし、それを保有してない場合どのような時にセックスするか?できるだけさっと射精してもらい相手が楽しんでるとかを無視して淡白に行ったほうがいいというのが真実。特に日本でのセックスというのはそれの割合が高いというのが事実である。
実際前戯を受け止めるのが苦痛で何も感じないということが濃厚ならばそのような結論に飛んでいくのが定説だ。
しかし、その場合でも男性は相手のことが好きな場合できるだけ楽しくて心地のいいセックスをしたいと思うだろう。
しかし、この状態でセックスを成立させるとお互いに出し抜いてセックスをしないといけないということになる。
実際この場合、女側は淡白に終わらせるため早く入れてと嘯いて終わらせようとする。
男側はスキンシップをいっぱいするという攻防戦になるわけだが実際は攻防戦は不完全燃焼を招くことになる。
そこで女側はマグロに徹する男は前戯やスキンシップを短縮することでこの不和を改善してしまうということになる。
ではこれのどこに不同意の要素があるかという質問が来る?男性はあくまでも親密なスキンシップ、愛情の相互的な確認としてセックスを同意したということであって義務セックスや出産目的の生殖行為というのはやりたくはないというのが事実としてある。その満たされない欲望に向き合うことを選べば誰とも恋愛できないのが日本という国なのである
実際、マグロとセックスするというのは理想的なセックスでないことは誰であってもわかってるしそれを同意する男性は誰もいない。実際一人でしこって誰とも付き合わない方がマシなのであるそのような女とセックスより
もちろん、俺はバイセクシャルなのでそのようなセックスなんて当たり前に育ってない。しかし、日本でヘテロに育つとそのセックスの多様性を知らないで生きていくというのが事実だ。
この不和が不同意セックスへの認識を遅らせる。
(masa)
