【シリーズ男性差別】日本で頻発してる相互的な不同意性交 その2

前回は日本の男性も実は不本意なセックスを経験してる話をしてきた。
今度は日本の女が性的に惹かれてなくてもなぜ、セックスを拒絶するのではなくて淡白なセックスを行うのかというのについて説明していきたい。
最初から申し上げておくとあいつらの生涯かわすセックスの回数なんて言うのは一年中でほとんどない。
しかし、偽装の愛情のために淡白なセックスやたんぱくなスキンシップを一瞬だけやる理由というのはとても不可解なものだ。
筆者はお金のために立ちんぼをやる人はいるが継続的に性的に嫌いな人でもサービスをするという精神力が皆無なためにやってないだけの人はかなりいると思ってる。
サービス料で言うと結婚でみかじめられる金というのは交際でみかじめられる金は風俗で得られる給料より実は高いことがある。
風俗の場合は何人も相手してやっと一定の給料を得られるのに対して結婚は一人相手にすればいいしほぼセックスをせずに何百万おおければ千万単位でもみかじめられる。
そのようなこともあって恋愛というのは性嫌悪の人の逃げ場になってきたというのが日本社会の事実だ。
実際アニメや漫画を使ってセックスは恋愛にいらないという嘘を広めてきたというのがある。
では実際の例を見ていこうと思います
性的に惹かれていないのに完全拒絶せず、淡白なセックスやスキンシップを一瞬だけ行うのは以下のような時だ
- 関係が冷え切っているとバレそうな瞬間
長期間セックスレスが続き、相手が「最近触れ合わないね」と指摘しそうな空気になったとき。
完全に拒否すると関係が壊れかねないので、「一応やった」アピールとして短時間だけ応じる。 - 特別な日やイベントの前後
誕生日、記念日、旅行、年末年始などがあったとき一瞬だけ「今日くらいは」というごまかしを得て義務感から淡白に済ませる。 - 相手が強く求めてきたとき
男性側が前戯やスキンシップを積極的に求めてきた場合、長く引き延ばすのが面倒なので「早く入れて」と促し、最低限の行為だけで終わらせる。 - 関係維持の「保険」として
別れ話や不満が噴出しそうな空気を察知したとき、「愛情がある証拠」として一瞬だけ身体を許す。
次に提示するのはアニメ・漫画が広めた「セックス不要論」の具体的な影響である。
日本のアニメ・漫画は長年、「恋愛=精神的なつながりがすべて」というメッセージを強く発信してきたがこのようなものでおこってきた実際におこるメカニズムだ
- 「心が通じ合えば身体は二の次」という描写の氾濫
多くの恋愛ものでは、キスや抱擁で感情がクライマックスに達し、その先のセックスは省略・暗黙化される。
読者・視聴者は「セックスがなくても深い愛は成立する」と学習してしまう。 - 「純粋な愛」と「性欲」の切り離し
性的な描写を避けたり、性欲を「汚いもの」「未熟なもの」として扱う作品が少なくない。
結果として「本当に好きなら身体を求めなくてもいい」「性欲を出すのは下品」という価値観が強化される。 - 現実のカップルへの影響
こうした作品に親しんだ世代が実際に交際・結婚すると、「セックスはなくても愛は深まるはず」という期待を持ち込みやすい。
実際に身体的なつながりが希薄でも「私たちは精神的に結ばれている」と自己正当化し、淡白な関係を維持する動機になる。
つまり、アニメ・漫画は「セックスレスでも恋愛は成立する」という嘘を、美しく包装して広めてきた側面がある。
男性側がそれを「同意」と勘違いしてしまうメカニズム「相互的な不同意性交」で指摘したように、男性側も本来は親密さや愛情確認としてのセックスを望んでいる。
しかし、女性側が「淡白に一瞬だけ応じる」行動を取ると、次のような勘違いが起きる。
- 「拒否しなかった=同意した」という短絡
完全に拒絶されなかったことで、「彼女もやりたかったんだ」と解釈してしまう。
実際は「関係を壊したくないから最低限応じた」だけなのに、男性側はそれを「相互的な同意」と誤認する。 - スキンシップの短縮を「効率化」と捉える
女性が「早く入れて」と促したりマグロ状態になったりすると、男性は「前戯を短くした方がいいんだ」と学習する。
結果として、前回指摘した「男はスキンシップを短縮し、女はマグロに徹する」という相互的な不和のループに入る。 - 「義務を果たした」という自己満足
男性側も「一応やったから関係は大丈夫」と安心し、質の低さを直視しなくなる。
これが「快楽や親密さのないセックス」を日常化させ、双方が「これはセックスではない」と感じる状態を固定化する
このような意味でも日本の恋愛は美化できるものではないのは明らかだ。
(masa)
