ウヨクの男性蔑視にもサヨクの男性蔑視にも反対

私は、ある田舎の都道府県で中学校の社会科教員をしている40代男性である。数年前に結婚した既婚者だ。
これから書く私の「考え」には、多分に私個人の政治的思想が含まれている。読んで不快に思われる方もおられるだろうが、ご勘弁願いたい。
私は社会科の教員ということもあり、昔から政治に関しては人一倍関心が高く、実際に政治活動もしていた。大学時代までは自民党を支持し、自民党学生部に所属していた。しかし大学を卒業してからは、共産党に入党して活動していた時期もある。
相当、思想にブレがあると思われるかもしれない。それは確かにそのとおりだと思う。
しかし、そうした経験を経る中で、私は社会全体の流れとして、「ウヨク」も「サヨク」も、全般的に「女のわがままを受け入れすぎている」ようになってしまっていると感じるようになった。
私は自分自身を「本物のフェミニスト」と自負している。女性と男性は対等であるべきだと考えている。
しかし、昨今の動きはどうだろうか。
例えば、理数系における「女子枠」である。性別という変えることのできない属性によって片方を優遇することは、男性に対する差別である。
一方で、私はかつて医学部などにあった男性への優遇も良くないと考える。しかし、男性に対する優遇はすでになくなっている。
例えば今現在、女子に対して理数教育が小学校・中学校・高校で行われていないという話だったら、まだわかる。
しかし実際はそうではない。男子も女子も平等に教育が施されている。なのになぜ、「女子枠」によって女子だけを優遇するのか。
教育の場でも、女子にだけ更衣室が割り振られているという現状がある。これは男子生徒も大いに怒っている。それはそうだろう。学校教育や世間では「男女平等」といわれているのに、実際に行われていることは、「男子の更衣室がない」という「男性差別」だからだ。
こういった問題は挙げればキリがない。
しかし、私が問題だと感じるのは、どちらも「ウヨク」と「サヨク」が女のわがままに振り回されているという点である。
女子枠なんてものは、よく考えなくても女子に対する過度な優遇であり、男子に対する差別であるということは明白である。
にもかかわらず、「ウヨク」も「サヨク」も論理的な思考をせず、「女から嫌われたくない」という理由で「女のわがまま」を受け入れてしまっている。
私は「左翼」である。なので、どちらかといえば「サヨク」の男性差別が一番許せない。
例えば、性犯罪の厳罰化についてである。
そもそも、人権を大きく拡大していこうというのが「左翼」の矜持であると私は考える。
それなのに、「性犯罪」にだけ「厳罰」を求めるというのは、人権を唱える「左翼」が言っていいわけがない。完全に「ウヨク」のそれである。
被害者にも加害者にも人権が認められる。しかし、性犯罪に関してだけは、性犯罪の加害者に人権を認めない。
そんなことを平気で言う「自称左翼」の「サヨク」が跋扈している。
私は、そういう現状をたいへん憂いている。
かつてのように男女差別が横行していた時代ならまだしも、今は男女平等になっている。その中で「女性優遇」を打ち出すのは、「男性差別」にほかならない。
私が今考えていることをとりとめなく書いてしまったので、結論というものはない。しかし、これが私の考えである。
もしよければ、私の考えに対して「異論・反論・共感・賛同」、なんでもよいので、ぜひとも発言をしていただきたい。
(とんえぴ)

