ルッキズムのその先へ その2

欧米に行って男だけが容姿を厳しく批判されるという図式は完全に崩壊した。
俺は日本住んでた時男性に対する不公平なルッキズムを感じてたがイギリス、スウェーデン、ドイツ、フィンランドなどで過ごしてるうちに新しい世界に突入した幕開けを感じたんだ。
特に欧米社会では女性であっても美人で有名なゼンデイヤがブスといわれたりミーガン・フォックスを整形ババアなどと揶揄するのが一部で出回ってたりする。
特にひどいのが一般人vsスーパーモデルとか言うミームでゼンデイヤの映りの悪い写真を使って印象操作をするやつだ。
例えばこの人たちは男性だったらここまで言われてないんだろうなと感じたりした。それこそヘンリ―カヴィルはジジイになってきたなくなったというミームがあったがそれに対して今も素敵な男性だハンサムだという擁護の声が多かった。
俺はこれをいうと欧米でも男性への容姿の揶揄はあるというコメントは来るが俺が言ってるのはそこの論点じゃない。
例えば欧米でも確かにザッカーバーグの容姿は叩かれるかもしれないが女でもそのレベルはちゃんと叩かれてる。
それが日本で感じていた「男だけが一方的に厳しい目で見られる」状況との決定的な違いだ。
日本では例えば女性は容姿がブスだけど美人といわれる例はめっちゃ多い。例えば橋本環奈はあまり美人じゃないと俺は思うしゼンデイヤよりもよほどスタイル悪くてブスだと思ってるが彼女を美人という人は溢れかえる。
他にも指原なんかのこともブスというと叩かれがちだ
一方で高身長でイケメンな男性でもブサイクという女は日本で多い。
斎藤工とかディーン藤岡のレベルは明らかに美形だが微妙だとか言う女も存在するのに驚いた。
剛力彩芽、広瀬すずなどが美人といわれるのに比べるとハードルが相当高いのがわかる。
それこそ、一番びっくりしたことで決定打になったのはそのルッキズムを達成した男性がセックスを楽しむチケットをゲットするのに一切つながってないことであった。
欧米にはルッキズムはあるがそれを達成すればセックスやデートの機会を増やした。ルッキズムは存在するが、それをクリアすれば報われる実感があった。
日本ではそれが希薄に感じられた。欧米でも男性への容姿批判はある、という反論は予想できる。
でも私が言いたいのは「量と質のバランス」と「報われるかどうか」の違いだ。
日本特有の「女性優遇的なルッキズム」が、男性に一方的なプレッシャーをかけている構造は、海外経験でより鮮明になった。
特に男性にルッキズムを課したところで手に入れる男性は金だけ貢ぐブサイクな男性だ。その矛盾に心折れてしまう男性は多いのではないか。
(masa)
