俺たちはあなたの欲しい男性にならない、あなたの欲しくない魅力的な男性になる

女は選別してるという言葉が出るしそれは確かに上位二割の男性に惹かれやすい傾向があるという意味では正しいのかもしれないがそれだけでは事の矮小化になってしまうのは明白だ。それだと日本では性的魅力が皆無な男性でも経済力だけでカンストしてるケースを説明することができるかというとそうではない。
では実際に起きていることは何だろうかというのを見つめるのが大事だ。実際は女が選別してる以上に露骨なのは日本は美人でなくても造形が綺麗でなくてもロリ系女なら下位レベルのルックスでもイケメンよりもはるかにちやほやされるということだ。美人やルックスの良さ、イケメンかなんかは何も見られてない。
これはまさにルッキズムもろもろをいう以前の問題だ。ルッキズムが決して相手を鼓舞するため成長するためには使われてないというのがある。
欧米的なルッキズムは
- ジムに行く
- 自己演出を磨く
- 魅力を高める
という“競争構造”がある。
しかし日本にはそれは一切ない。骨を削って整形するややせようとするのはルッキズムではなくて儀式だ。目を大きくする幼く見せるはこれは社会からもらう利益を最大化する儀式でこれは決してルッキズムにある競争社会ではない。
ではこれを終わらせるために必要なのは男性のセクシャライズだ。欧米では女性だけでなく男性もセクシャライズされる。例えばイケメンが筋肉つけて上半身裸になったのを欧米ではセクシーというが日本ではナルシストきもいといわれる。
欧米では
セクシー=自信、健康、成功
日本では
セクシー=自己顕示、痛い、チャラい
になりやすい。
寧ろセクシャライズすることで社会の闇に対抗する必要がある。これは女を得るために綺麗になるのではない。女を得るためにたくましくなるのでもない。ある種の儀式社会への服従をやめるために必要不可欠なものだ。
例えば今の社会には確かに経済力があって性的魅力が高くなければ誰でもいいと思う人は結構いるかもしれない。そこを着々とぶっ壊していく必要がある。だからこそ俺たちはあなたの欲しい男性にならないあなたの欲しくない魅力的な男性になるっていう逆のガソリン的原動力が必要だ
(masa)
