俺が日本の女がイケメンをゴキブリ扱いしてる人が多いと気が付いたのは俺が途中まで自分をホモだと思ってたから

俺は今でこそ女のことも好きだと確信したが文字通り16歳まで自分をホモだと思ってた。なぜなら自分は女の人を性的に好きになるどころか気持ち悪いという感覚が薄っすらあった。しかしこの感情を突き詰めるとこの感情の拒絶は性行為するどころか会話することすら困難にしていた側面がある。
一方で男のことは性的に好きだったし話してて楽しいし永遠に一緒にいたいと思ってたのが最初に認識してた感情で女の人でもベビースキーム使わない人のことは性的ではないが好きだった。というのがあった。つまりぶりっ子をして物乞いするような汚い精神を直視し俺はとてもじゃないが女が汚い生き物であるように感じてしまった。
例えばそういう見た目の女の人は自立することとか強くなる成長することよりも逃げることを選ぶ傾向があり例えば困難をやり遂げるよりも人に丸投げしながら世渡りするこれがまさに起こっているという違和感に気が付いておりとてもだが女の人のことをなぜ世の中の男の人が好きなのか理解できなかった。
しかし、11歳の時からイギリスやフィンランドスウェーデンなどの国に行って女への拒絶感があったのではなかったとわかった。しかし最初は自分はホモだが特定の女に勃起するという認識をしていた。つまりベビースキーム使わない、自然体で強い女の子に限って反応してたというような認識をしていた。
そのあと日本に帰国したらホモに戻っていた。また女の人に勃起しなくなったそして16歳まで海外に再び渡航しなかったので男しか性行為する気ないしまあいいだろう見たいな考えを持ってた。16歳の時ロックフェスにいったがそこでスペイン人の女性に声かけたがのちに初めてその人とセックスした。その時に味わったのは男性同士同様セックスというのはお互いに高め合っていくもの探っていって快楽を楽しむものであるという認識が出てきたことであった。それが一つだが何よりも彼女の人柄が特別だったことが俺の女へのジレンマとかトラウマをぶっ壊した。
その人と一年間恋愛したがこれはゲイ同士の恋と同様に感情のつながりを重視するものだったのでそれへの抵抗がほぼなかった。一生に感情をシェアし喜びを一緒に体験し悲しいときは一緒にいるなどのこともした。
そして時がたち再び日本に戻った。その時に俺が童貞捨てた話を周りにした。周りの人は彼女いるのに童貞捨ててない奢らされて金がないなどの話聞いた。その時に思ったのは彼女たちが男探す動機が俺と違うということだ。
彼女たちが見てる男への目というのはホモが女見てるのと同じかもしれないと気が付いた。厳密にいうと少し違うが俺はロリ系の女を嫌悪してたのは自分の対等で絆のあるエロティックなラブを志向してたものが大きいしその無意識な考えが女をかつては拒否してたのがそれが大きいのかもしれないと考えてる。俺は性的興奮の根源が尊敬とかと連動してたつまり尊敬できない相手を性的に見ることができないと感じてた。
それと同様にその手の女たちは女が性的に優位な状態を維持したいというのがあるためイケメンというのは性的興奮ではなくて脅威を与える存在となるわけである経済と美の等価交換という名目が不細工相手じゃないと成立しないというのが事実としてある。なのでイケメンがーというようなのを言ってるアンチフェミが見落としてる視点はそこである。
(masa)

